AIで社内規程から答えを引くチャットを作る

社内規程から答えを引くチャットは、就業規則や経費規程などの文書をAIに読み込ませ、 社員の質問に該当箇所を示して答えさせる仕組みです。 「有給は何日まで繰り越せるか」「出張の日当はいくらか」といった、 規程集を開けば答えが載っている質問への対応が主な用途です。 一般的な業務量から試算すると、総務担当者への規程確認の問い合わせは、 この仕組みで対応時間がおよそ5分の1になる計算です(後述の試算)。 懲戒や解雇に関わる判断、規程に書かれていない例外の扱いは、AIに任せられません。
どんな質問ならAIに任せられるか
社内規程への問い合わせは、大きく2種類に分かれます。この区別が、 仕組みを作るうえでの出発点になります。
| 質問の種類 | 例 | AIに任せられるか |
|---|---|---|
| 規程に明記された事実を聞く | 「有給の繰り越し上限は何日か」「慶弔休暇は何日取れるか」 | 任せられる |
| 規程を個別の状況に当てはめる判断 | 「この場合は懲戒対象になるか」「この経費は例外的に認められるか」 | 任せられない |
前者は規程集の該当箇所を探して読み上げる作業に近く、AIが文書から 探し出して答える処理が得意な領域です。後者は状況の解釈と会社としての 判断が必要で、人事担当者や上長の確認なしに答えを出すと、 あとで「AIがそう言ったから」という食い違いを生む原因になります。
仕組みを作る最初の一歩は、社員からよく来る質問を一覧にして、 この2種類に仕分けることです。仕分けをせずに全部AIに答えさせようとすると、 判断が必要な質問にまで断定的な答えを返してしまう事故が起きます。
仕組みの作り方は3段階
社内規程チャットの作り方は、大きく分けて次の3段階です。
- 規程文書を1か所に集める(就業規則・経費規程・休暇規程などをテキストやPDFでまとめる)
- AIに文書を読み込ませ、質問に答える設定を作る(回答の際に必ず該当箇所を示すよう指示する)
- 社員が使える窓口を用意する(社内チャットツールに組み込むか、専用の質問フォームを作る)
このうち技術的な準備が要るのは2段階目です。文書をAIに渡すだけでなく、 「規程に書かれていないことは答えない」「答えるときは条文番号やページを示す」 という制約を設定しておく必要があります。この制約が無いと、AIが規程に 存在しない内容を、もっともらしい文章で作ってしまう場合があります。
3段階目の窓口は、既存のチャットツール(社内で使っているコミュニケーションツール等)に 組み込む方法と、独立した質問フォームを用意する方法があります。 既存ツールに組み込むほうが社員は使いやすくなりますが、 組み込みの難易度はツールによって差があります。
総務の問い合わせ対応は何時間減るのか
規程確認の問い合わせは、総務担当者の日常業務の中でも件数が多く、 1件あたりの対応時間は短いものの積み重なると無視できない量になります。
| 業務 | いまの時間 | AI活用後 | 差 |
|---|---|---|---|
| 規程確認の問い合わせ対応(1件あたり) | 8分 | 1.5分 | 6.5分 |
| よくある質問への繰り返し説明 | 5分 | 0.5分 | 4.5分 |
| 規程改定時の周知・問い合わせ対応 | 60分 | 20分 | 40分 |
試算の前提:従業員50名規模の会社で、規程確認の問い合わせが月30件、 うち「よくある質問」に該当するものが月15件、規程改定は年2回という想定です。 「いまの時間」は、総務担当者が規程集を開いて該当箇所を探し、 社員に説明する場合の目安です。問い合わせ件数が多い会社ほど、差の合計は大きくなります。
上表の想定で月間の差を計算すると、規程確認対応だけで月195分、 よくある質問対応で月67.5分、規程改定の対応は年2回×40分で年間80分 (月換算で約6.7分)、合計するとおよそ月4.5時間の差になる計算です。 この試算は自社の問い合わせ件数によって変わるため、 自社の実際の件数を当てはめて見積もることをおすすめします。
誤答を防ぐには何が要るか
社内規程チャットで起きやすい失敗は、AIが規程に存在しない内容を それらしく答えてしまうことです。これを防ぐには、次の3点が要ります。
- 回答の根拠となる条文を必ず表示させる:答えの末尾に「就業規則第◯条」のように 出典を示す設定にしておくと、社員が原文を確認でき、誤りにも気づきやすくなります
- 規程に書かれていない質問には「規程に記載がない」と答えさせる: 分からない質問に無理に答えを作らせない設定が必要です
- 回答内容を定期的に人が抜き取り確認する:導入直後は特に、 実際の回答が規程と一致しているかを月に数回チェックする運用が現実的です
これらの制約を最初から設定しておかないと、社員が「AIがこう言っていた」 という理由で誤った理解のまま行動し、あとから訂正する手間のほうが 大きくなる場合があります。仕組みを作る段階でこの3点を組み込むことが、 運用を始めてからの手戻りを減らします。
規程改定への対応も忘れずに組み込む
就業規則や各種規程は、労働関連法の改正のたびに見直しが必要になります。 就業規則の改定頻度そのものについて、厚生労働省の就労条件総合調査など 公的統計に該当するデータは見当たりませんでした。社会保険労務士事務所の 解説記事では、1〜2年に一度を目安に定期点検するという考え方と、法改正や 社内の変化があったタイミングで都度見直すほうが実態に合うという考え方の 両方が見られ、頻度の目安は事務所によって幅があります (参考: グスクード社会保険労務士事務所、 村井社会保険労務士事務所)【一次情報なし】。 AIに読み込ませた文書が古いままだと、 改定前の内容をそのまま答えてしまい、規程チャット自体が誤情報の発生源になります。
規程を改定したら、AIに読み込ませている文書も同じタイミングで 差し替える運用を、仕組みを作る段階でルール化しておく必要があります。 「誰が」「いつ」文書を差し替えるかを決めずに運用を始めると、 古い規程のまま数か月放置されるケースが起きやすくなります。
始める順番
社内全体にいきなり公開するのではなく、次の順番で試すと失敗しにくくなります。
- 問い合わせの多い規程1つに絞る(就業規則の休暇関連など、質問が集中する分野を選ぶ)
- 総務担当者だけで試用する(社員に公開する前に、回答の精度を内部で確認する)
- 誤答のパターンを洗い出す(規程に無い内容への回答、条文の取り違えなどを記録する)
- 回答の制約を調整する(洗い出した誤答パターンをふまえ、設定を見直す)
- 対象社員を広げる(精度が安定してから、部署単位で公開範囲を広げる)
最初から全社員・全規程を対象にすると、誤答が起きたときにどの規程の どの部分が原因か切り分けにくくなります。範囲を絞って試すほうが、 安全に運用を固める近道です。
よくある質問
Q. どんなツールで作ればよいですか。 社内で使っているチャットツールにAI機能を組み込む方法と、 専用の質問応答サービスを別途導入する方法があります。 どちらが向くかは使用中のツールで変わるため、各ツールの公式情報で組み込みの可否と料金を確認してください。
Q. 規程に書かれていない質問にはどう対応させればよいですか。 「規程に記載がない」と答えさせ、担当者へ問い合わせるよう案内する設定が安全です。 分からない質問にもっともらしい答えを作らせる設定は避ける必要があります。
Q. 懲戒や解雇に関する質問にも使えますか。 使えません。これらは個別の状況判断と会社としての最終決定が必要な領域で、 AIが答えを出すと社員が誤った理解のまま行動するリスクがあります。 人事担当者への相談窓口を別途案内する設計にしておく必要があります。
Q. 規程を改定したら、どのタイミングで文書を差し替えればよいですか。 改定の発効と同時に差し替える運用が基本です。差し替えの担当者と タイミングを事前に決めておかないと、古い規程のまま放置されるリスクがあります。
Q. 何人規模の会社から効果が出ますか。 問い合わせ件数が多い会社ほど差は大きくなります。 上表の試算(月30件の問い合わせで月およそ4.5時間の差)をもとにすると、 従業員50名前後から効果を実感しやすい規模ですが、実際の効果は 問い合わせ件数と規程の複雑さによって変わります。


